此処へ来るのは私だけか…何か、寂しいな。ま、そんな事はどうでも良い。
38年振りに阿修羅像に会いに行くより先に生きている阿修羅像に会いに行くことになった。
2016年4月2日のWembley公演のチケットを2枚確保した。
席はS7-O列-69と70でstageとstanding pitと会場全域が見渡せそうな好立地だ。Stageまでの距離も理想的だ。
しかし、ウエンブリーは若干小規模だがSSAと良く似ている。SSAはWembleyの予行だったのでは?
確か、Brixton公演の直後にWembley公演の噂が一瞬だけ出てすぐ消えた事が有ったが、
Brixton公演の最後の挨拶でSUが
「We promise you to come back to London...But....Only the Fox god knows !」
と嬉しそうに、悪戯っぽく、謎を掛けて伝えていたのを思い出した。
あの段階でWembley公演の話がKilimanjaro Liveと水面下で進行し始めていたのだろう。
SUのワクワクする気持ちが「あれ」だったのだろう。
私も年甲斐もなくワクワクした気持ちで、それ迄の7ヶ月間、準備に励めます。
それよりも前に遅々として実現しない興福寺の阿修羅像との再会も果たしたいのだが…
しかし、SSAのヘドバンの「ひらり宙に舞う」の「3人重なり舞」はまさしく阿修羅像三面六臂そのままだ。
彼女達がそれを意識しているかどうか。それは分からないが。
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阿修羅像とそれを取り巻く八部衆の内の7体の配列が大きく変えられたそうだ。
その事を奈良市在住の友人夫妻 ( 龍虎) に何度も伝えられていたが再会が果たせずにいた。
やはり、2年前の交通事故が大きく私を変えてしまった為だろう。
あの事故で私と母が無傷だったのは奇跡だ。A8は我々の身代わりと為り我々を守り廃車となった。
その後、事業が破局の瀬戸際まで追い詰められる等の災いが降り懸かり続け、それと戦い続けている。
かかる巡り合わせの連鎖に科学的な因果関係など有りはしない。有るとすれば私の驕り故だろう。
かかる巡り合わせの連鎖は予期していた事なのかも知れず、常に不安に駆られ続けていた。
それを戒め心の平安を自らに求める為に何かに縋る必要に駆られていたのだろうな。
そんな時にBMに巡り合ったのかも知れず、SUの中に阿修羅像を見たのかも知れない。
その声は奇跡だ。その姿も奇跡だ。その内面の清らかさと高潔さは更なる奇跡だ。
1300年間人々の憧憬と信仰の対象となってきた阿修羅像の具現化であり、SUにのみ憑依する。
その姿に西欧人はジャンヌダルクを、漢民族は「民主の女神」を見る事になるだろう。
一部の西欧人がSUのオーラに女神と女王の称号を贈ったが、行き詰った彼等も救世主を求めているのだろう。
日本語を解さぬ筈の彼等すら、それもその世界の第一人者連、ガガ、レッチリ、ガンズ、メタリカ、コーン、フーファイさへも虜にしつつある。しかも、彼等すらBMの「ほんの表面的な一部」を理解しているに過ぎないにも拘わらず。こんな奇跡を誰が予想しただろうか。
そんな虜の一人として、この2年間にガレージに阿修羅像と100余のBM額画像を配したBM神殿を構築し、英国へ行きWembley、東京ドーム2Days、東京ドームLV、巨大キツネ2Daysに参戦し、そして来月3日広島のLEGEND S に参戦する。
こんなジジイすら虜にするBMは21世紀の奇跡なのだ。
ここ数日、既に数十回、視聴し続けている。
スモークの中から現れるSUの幻想的な姿は「Queen」などと言う称号を遥かに超越している。
神々しい超絶的な存在感。「この地上に『女神』を見た」としか言えない。
やはり、阿修羅だ(阿修羅は女神ではないが、そんな事はどうでも良い)。
所詮、Queenなど、人間世界の存在に過ぎず、下賤なのだ。
西欧の女神像は聖母をモチーフにしたものが多い。
バチカンのサンピエトロ入り口右のピエタ像の聖母マリア像も神々しい。
ミケランジェロ23歳の時の作だが、あれは聖母の慈悲、慈愛の神々しさで、SUのそれとは違う。
寧ろ、天安門事件の際に学生達が象徴とした「民主の女神像」の方が、SUのそれと近い。
あれは、ドラクロア作のフランス人民を率い「自由の女神」をモチーフにしている。
(尤も、中国人は「民主」と言う言葉に幻想を抱いている…歴史上、一度も民主を経験していない故)
理想を求めた弾圧への抵抗の「崇高さと純粋さ」の象徴の「女神」だろう。
中国の嗶哩嗶哩動画のNo Rain No Rainbowの動画が懸念したように削除されたが、
中国当局がNRNRのSUの姿と「民主の女神」をだぶらせ、危機を感じた結果か。
RORは削除されていない。RORのSUは「民主の女神」とはだぶらない故。
(尤も、これは私の抱く幻想ならぬ妄想だが…)
件の動画だが、興福寺国宝館中央の阿修羅像を中心とした八部衆7体に魂を吹き込み、
眩い光の中で、音と動きと色を与えた、BMと神バンドが現出させた世界は
それを彷彿とさせる…と私には見えるのだが…
そして、神バンドの存在意義を初めて確認できた。SUの天性の超絶的才能を引き出し、
それと釣り合うには、彼等ほどの力量が不可欠だと。こんな取り合わせ、神の配剤だ。
沙羯羅と迦楼羅はYUI MOAで乾闥婆・鳩槃荼・ 緊那羅・畢婆迦羅が神バンドだ。
この様に見做し、勝手な思い入れの結果、慈悲の心が私に降臨したのか。
一切の殺生を忌避し始め、自らに殺生を固く禁じ、生有るものを慈しむ心が蘇った。
子供の頃、「花だって、虫だって一生懸命生きてるんだから、傷付けたり殺したら可哀そうでしょ」と周りの大人から教えられて育った。
しかし、殺伐とした集団の中で自らが傷付けられ、誰かを傷付け保身する生活を余儀なくされる中に、荒んだ人生を送ってきたのかも知れない。
人生も残り僅かとなり、振り返り、悔恨に苛まれる日々に救いを求めていたのかも。
その贖罪の為の殺生忌避なのかも知れない。
小さな蛾の死骸に「君は一生懸命生きて来たね。生を全うした君は美しいよ」と語りかけ丁重に弔う。
家の周りの深い森の中から、ハサミムシが大量にガレージに集まる。
姿は醜い。しかし、最も母性愛の強い生き物であると昔教えられた。
にも拘らず、姿を見ればティッシュで抓みトイレに流して来た。姿の醜さ故に。
そんな事への贖罪の為、寒いガレージで必死に生き長らえようとする彼等を応援してきた。
と言っても何も出来ないが。排除排斥せず見守る様にした。やがて彼らは死に絶えたが…
こんな心境になっているのは年を取ったからだろう。人生の大半を既に消費した。
救いを求めているのではない。罪多き人生への贖罪を求めていたのか。
そんな時に、BMに出会い、SUに出会い、阿修羅像を思い出した。
先日、東京の和田倉交差点で大事故を起こした。車は大破全損となったが私と母(93歳)は全くの無傷だった。相手のタクシーの運転手さんとお客さんも幸い大事には至らなかつた。
責任は全て私に有り、負傷させた相手の方々には申し訳ない気持ちで居た堪れない。
しかし、何が私を、我々を救ってくれたのだろうか。
奈良市在住の老夫妻の病気見舞いと退院祝いをするために、期せずして機会を得たのだ。
70代後半の夫妻だが、ウイーンの音楽大学で教鞭を執った経歴を持つその道の権威だ。
御主人が虎年で奥様が辰年と言う「龍虎」の取り合わせなのだが温厚な方たちだ。
さて、阿修羅像だが、1959年創建の興福寺国宝館に納められている。
38年前(1977年も此処で観た)はもっと照明が暗かったせいか、印象が違う。
国宝館中央に八部衆の内の7体が阿修羅像を中心に鎮座している。
阿修羅像がSUであり、沙羯羅像(頭に蛇)はYUI、迦楼羅像(顔が鶏)はMOAに当たり(独断と偏見)、残りの4体が「神バンド」となろう。38年前には、勿論、思いも拠らなかったが…
7体の内、阿修羅像だけ身に甲冑を纏っていない。左の肩の覆いが破損している事に初めて気付いた。
阿修羅像の向かって左側の顔は唇を噛み、右側の顔は遠くを見詰める。
夫々、悟りを開く前と開いた後の表情との説明を聴いた覚えは有るが解釈は色々だ。
しかし、なんと言っても中央の顔だろう。「眉を顰め、心は揺れ、何かを憂いている様だ。
しかし、その眼差しは遠くを見詰めている様でもあり、内面を見詰めている様でもある。
守護神でもあるが、敵対するものを想定していない」と金子啓明氏が解釈している。
しかし、金子氏はSUを阿修羅に見立ててはいない(当たり前だが)。
SUを想定し阿修羅像を数時間、見詰めつつ金子氏の解釈を反芻する。
そしてSUと阿修羅像は再び私の中で一体化する。やはり、SUは阿修羅だ…と私は思う
阿修羅像と再会できて良かった……なんて、久々の妄想全開となりました。
件の老御夫妻とともに4人で夕食を共にし、BMの話題等で話が盛り上がりました。
彼等がBMを理解するには、まだ時間がかかりそうです。でも、それで良いのです。
38年振りに阿修羅像に会いに行くより先に生きている阿修羅像に会いに行くことになった。
2016年4月2日のWembley公演のチケットを2枚確保した。
席はS7-O列-69と70でstageとstanding pitと会場全域が見渡せそうな好立地だ。Stageまでの距離も理想的だ。
しかし、ウエンブリーは若干小規模だがSSAと良く似ている。SSAはWembleyの予行だったのでは?
確か、Brixton公演の直後にWembley公演の噂が一瞬だけ出てすぐ消えた事が有ったが、
Brixton公演の最後の挨拶でSUが
「We promise you to come back to London...But....Only the Fox god knows !」
と嬉しそうに、悪戯っぽく、謎を掛けて伝えていたのを思い出した。
あの段階でWembley公演の話がKilimanjaro Liveと水面下で進行し始めていたのだろう。
SUのワクワクする気持ちが「あれ」だったのだろう。
私も年甲斐もなくワクワクした気持ちで、それ迄の7ヶ月間、準備に励めます。
それよりも前に遅々として実現しない興福寺の阿修羅像との再会も果たしたいのだが…
しかし、SSAのヘドバンの「ひらり宙に舞う」の「3人重なり舞」はまさしく阿修羅像三面六臂そのままだ。
彼女達がそれを意識しているかどうか。それは分からないが。
http://stat. ameba.jp/user_images/20141121/20/kotaromas/51/09/j/ o0480032413136073090.jpg
さらに探せばもっと大きな画像があると思うが。でもテッド・ジェンセン撮影のどの画像なのかは想像がつくと思うが。
ここに掲げられているSUMETALの23画像の内、17画像は武道館ライブのものでありSUMETALが16歳2ヶ月の時のものだ。興福寺阿修羅像のモデルと一致する。三面六臂は正にYUI、MOAを含めたBABYMETALその物と一致する。阿修羅像は1300年間、人々の心を支配し畏敬と信仰の対象として崇拝され続けて来た。
そして、その阿修羅がステージ上でのみSU-METALに降臨する。前出のTED・JENSEN撮影の画像Aの16歳のSU-METALが観客を睨む眼光の凄まじさに戦慄さへ覚える。この存在感、神々しさ、オーラの凄まじさは阿修羅のそれだ。
興福寺阿修羅像を1300年間、憧憬し続け取り憑かれてきた日本人はSUMETALに阿修羅をみるのか。そして西欧人はSUMETALにやがてジャンヌ・ダルクをみるのか。
WILDTURKEYも大分廻った。もう、何処まで行くか分からないので今日の妄想は此れ迄。
38年振りに阿修羅像に会いに行こうか。生きている阿修羅像にも会いに行きたいのだが…
清純な優しい顔、その奥に潜む鬼神の様な激しさ、それら全てを包み込む慈愛に満ちた神々しさ。SUMETALに憑依する何物かは阿修羅なのかも知れない。
「阿修羅像」(興福寺) 三面六臂(さんめんろっぴ)・・・3つの顔と6本の腕を持つ。うち2本の手は胸の前で合掌し、他の2本は宙に捧げている。いまは何も持っていないが本来はこの手は日輪と月輪を持つ。 三面を少年の顔に造り、しかもそれが憂いを含んで誠に麗しい。中央の顔は眉根を寄せて、目を大きく見開いてまっすぐ正面を見据え、少年の様な少女のような憂いを含んだ眼差しである。向かって右の顔は、怒りの為か、悲しみの為か、眉間に皺を寄せて下唇を噛んでいる。
これまで10000超のBM画像、GIFを保存してきたが今日初めて見る画像もある。tsunta-su11と02と15がそれだ。しかしsuzuka2の画像はやはり圧巻だ。これらの画像にテッド・ジェンセン撮影のNYライブの画像A
(http://wrs.search.yahoo.co.jp/_ylt=A2RAyiAEuTxVWnsAgBaDTwx./SIG=12kq32nva/EXP=1430143684/**https%3A//farm6.staticflickr.com/5606/15811772796_d1a4eb09cb_b.jpg)を加えたい。この画像についての妄想を以下に述べてみよう。
LEGEND 1997のオープニングで荘厳なシューベルトのアベマリアの歌唱が流れ清純の極致の純白の衣に身を包んだYUI MOAの召喚の導きにより眩い光の扉が開きSUMETAL が降臨する。まるで女神の様に… しかし待て。黒と赤を基調にしたこの姿は女神か? 女神で有る筈はない。有り得ない。では、何か? 周囲を畏怖させ圧倒するオーラと神々しさ? 否、それとは違う何かだ …そうだ、この姿は阿修羅だ。阿修羅像だ。
『「阿修羅像」の真実』 (長部日出雄 著)によると奈良・興福寺の阿修羅像は氏にとって憧憬の的のような存在になっていた。しかし、氏が初対面したのは古稀となった年の秋であったそうだ。 会った瞬間、氏はその真率極まりない表情に、いっぺんに取り憑(つ)かれてしまったと言う。私も生徒を引率して1977年に興福寺を訪れ始めて阿修羅像に対面した時以来、同じ思いを共有し取り憑かれてしまっていた