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メタル学院一周年記念 
TMのメタルブーム振返り!

 TMのメタルブーム振返り!ーその1

 多分、ここに居るみんながそれぞれの80年代を通ってきているし、それぞれの環境で経験してきていると思う。そう、余りにも多くのバンドがいて、いくつもの流れがあったけど、やはり僕はといえば雑誌メディアからの受け売りを基本として貸しレコード屋、外盤屋、中古盤屋を中心に色々聴いてきました。
 ちょっと振り返ってみようかな。結構コアなセレクションが多くて、でろさんが言う様に、実感としてメタルに近づいていないなんてちょっと勿体無いですね。折角ベビーメタルで入門された方が多いので、ちょっと記憶を整理してみましょう。

 ギターーヒーロー

 あの頃はヤングギターとロッキンfを買っていた。特にこの頃ギターヒーローが乱立している時期でヴォーカルではなくギターリストに注目しているところが面白かった。当時のギターヒーローのトップは「炎の導火線」でライトハンド奏法を披露したギターの革命家エドワード・ヴァンヘイレン。たのきんトリオの野村義男に似ていて、ビデオクリップでもめちゃ楽しそうでめちゃ引き込まれました。ダイアモンド・デイブもキャラが立っていてよかったよ。ギターを自分で作るから、その制作風景や、何十本ものギターを紹介したり、バナナヘッドのシングルピックアップのクレーマーのギターが当時憧れの的だったのもエディの所為。


 TMのメタルブーム振返り!ーその2

 ギターヒーローに聴いた多くのトップスリーの中にエディが入っていた。そう、その「当時のギターヒーローたちに聞いたあなたのギターヒーローは?」って言うアンケートで、圧倒的だったのがジミー・ヘンドリックス。
 当時は聞くすべがなかったから謎でしたね。NHKベビーメタル現象で少し登場した歯をピック代わりにしたりと奇行がめだった凄いギターリストだ。狂った様に弾くギターと言うものがなかった時代に、ギターの可能性を一気に広げてしまった。ジミヘンの登場で一気にロックが加速して数々のギターリストを生み出すことになった。
 絶頂期に飛行機事故で亡くなったランディー・ローズ。ブラックサバスをやめたオジー・オズボーンがクワイエット・ライオットから引き抜いたクールなギターリスト。「クレージートレイン」など数々の名曲を生み出した。同じくブラックサバスをやめたロニー・ジェームス・ディオのバンドで活躍したビビアン・キャンベル。「ドント・テルミー・ユー・ラブ・ミー」がバカ売れしたナイトレンジャーのブラッド・ギルズとジェフ・ワトソン。「レイ・イット・ダウン」「ユア・イン・ラブ」がヒットチャートを賑わせたラットのウォーレン・デ・マルティーニとロビン・クロスビー、この2バンドがツインギターブームを巻き起こした。それからはギターと言えばツインになっていきましたね。ロン毛でかっこいいと言うことでビジュアル的に売り出した事で他とは切り離されてLAメタルと言うくくりが生まれましたね。
 

 TMのメタルブーム振返り!ーその3

 LAメタルと言えば何と言ってもガンズ・アンド・ローゼスでしたね。こちらもツインギターで、スラッシュとイジー・ストラドリンの2人でした。1st、アペタイト・フォー・デストラクションの「パラダイス・シティ」や2nd、ユーズ・ユア・イリュージョンの「ノーベンバー・レイン」は名曲です。
 モトリー・クルーはミック・マーズ。ベースのイケメン、ニッキー・シックスと回転ドラムのトミー・リーと言う目立つ2人に隠れて思いっきり目立たなかった。数々の名曲を生んできたのがニッキーだったから仕方ないのかな。(笑)「シャウト・アット・ザ・デビル」「ホーム・スウィート・ホーム」は名曲。数多いLAメタルの中でも好きだったのはドッケンかな。ギターのジョージ・リンチは最高だった。ジャケットは最悪だったけどアンダー・ロック・アンド・ザ・キーは最高ではまりましたね〜。トゥース・アンド・ネイルも良かったし、どの曲って限定はできないな。「キッス・オブ・デス」はめちゃキャッチーで、メ学でも良く登場しますね。
 ギターヒーローの中で、最も成功した1人なのに、余りにもメジャー過ぎて目立たないのがリッチー・サンボラ。ヤングギターでヒーロー特集で取り上げられているのに、「いつかヴァンヘイレンみたいなギターヒーローになりたい。」とキラキラした小さな目で語っていたのが印象に残っている。ボンジョビと言う大変な成功を手にしたバンドで、余り目立たなかったけど、好感度は高かった。


 TMのメタルブーム振返り!ーその4 

 大御所と呼ばれるレジェンド達も色々その音楽性を変化させながらHR/HMを更なる高みに押し上げる。レッドツェッペリンを解散して久しいジミー・ペイジもポール・ロジャースとザ・ファーム、ロバート・プラントとペイジ・アンド・プラントを結成し、新たな音楽の追求を目指したし、マイケル・シェンカーもUFOから離脱し、自身のバンドMSGを結成し、ギターの可能性をさらなる高みに押し上げた。
 レインボーのリッチー・ブラックモアもインプロヴィゼーションを展開した。シン・リジーをやめたゲーリー・ムーアは自身のソロでこれ以上ないほどの哀愁漂うアルバム、ファイナル・フロンティアでザ・ローナーを作った。ムーア脱退後のシン・リジーを任された元タイガー・オブ・パンタンのジョン・サイクスはフィル・ライノットが他界した後にデビッド・カヴァーデルのホワイトスネイクに合流する。デビッドがポリープの手術で入院中に置き土産として残したサーペンスアルバスはビルボード2位と言う成功を収めた。サイクスは自身のバンド、ブルーマーダーを結成したものの、華々しい成功には縁がなかった。
 その同じ頃に大ヒットを出していたのがデフ・レパード。アルバム、ヒステリアとアドレナライズは2作続けてのビルボード1位と言う快挙を成し遂げていた。産業ロックとして語られる事の多い、ジャーニー、ボストン、エイジア、イエス、スターシップ、フォーリナー、TOTOなどはそのパーフェクトな音楽性が仇となり、ヒットはするものの評価は上がらなかった。しかしその枠を少し飛び出したエアロスミスはアメリカのロックレジェンドとして成功も名声も手にしている。


 TMのメタルブーム振返り!ーその5

 イギリスではNWOBHM(ニュー・ウェーブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィーメタル)が起こってツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバスに続く世代が雄叫びをあげた。当時流行ったパンク・ムーブメントの影響を受けたニューウェーブとしてサクソン、デフ・レパード、アイアン・メイデンがその代表とされる。
 またジュダス・プリーストやモーターヘッド等も中核として活躍する。特にロブ・ハルフォードやレミーのファッションやハーレー・デビッドソンと言うイメージがヘヴィーメタルに刷り込まれたのはこの頃である。ダイヤモンド・ヘッド、タイガー・オブ・パンタン、サムソン、エンジェル・ウィッチなどが挙ってニューウェーブを推し進める。
 ボブ・ゲルドフがアフリカ救済のために立ち上げたバンド・エイド、クインシー・ジョーンズが呼びかけたUSA FOR AFRICA、そしてそのヘヴィーメタルバージョンとしてロニー・ジェームス・ディオの呼びかけたヒア・アンド・エイドが成功を収めた。このプロジェクトにより、広く知れ渡ることになったのもヘヴィーメタルブームの一因とされている。
 そんな中で日本から打って出たバンドがいた。ラウドネスである。高崎晃のギターを核に据えた日本のバンドがほとんど初めて海外に打って出た。その勇気が称えられ、ギターヒーローとして後世のギターヒーロー達からリスペクトされた。ポール・ギルバート、マーティ・フリードマン等、現代のギターヒーローたちから支持を得た。それが今、ベビーメタルに繋がっているのかもしれない。第二次メタルブームを目指して、顔笑れ!ベビーメタル。


 TMのメタルブーム振返り!ーその6

 80年代のギターヒーローは後にイングウェイ・マルムスティーンが登場しますね。どちらかというとこれまでのギターヒーローってエディ・ヴァンヘイレンのライトハンドの技術の拡大版的なものが多かったですよね。
 それがガラッと変わったのが神業インギーの仕業です。その背景にバッハ等のシンフォニーが見え隠れするソロが凄くカッコよくって、タッピングしなくても速いし、ギターヒーローと言えばインギーと言う時代が到来する。アルカトラズ、ライジング・フォースでの楽曲が最高で、アルバム、トリロジーなんかもう、ぶっ飛んでましたから。
 その流れを模範にクリス・インペリテリやトニー・マカパインなんかが登場しましたね。この時ギターマガジンかなんかに、スティービー・レイ・ボーンが紹介され、ブルース回帰的な流れからアル・ディ・メオラ、ジェフ・ベック、ジョー・サトリアーニなんかを意識して聞くようになった。
 エリック・クラプトンは息子を失った悲しみを綴ったティアズ・フォー・ヘブンからだったから90年代に入ってから聴いた。この頃、ヴィシャス・ルーマーズなんかにはまりましたから、ヴィニー・ムーアなんかも好きになったし、ミスター・ビッグの登場で、レーサーXのポールギルバート、タラスのビリー・シーンのガチンコ共演する様が意外にもポップで驚きました。マキタの電動ドリルがピック代わりになると言う奇想天外な発想も良かった。
 ビリー・シーンは神バンドのBOHさんが尊敬してやまないベーシストですね。良くスティーブ・ヴァイと絡んでいて、変態的な掛け合いが、感嘆させられました。ヴァイはデイブ・リー・ロスのギターをやっていた時があって、ギターでトークをしていた。デイブの英語トークの抑揚を巧く模写して、滑稽な、でも驚きのアドリブだった。


 TMのメタルブーム振返り!ーその7

 インターナショナル

 メタルは英国やアメリカだけでなく各国で人気を博していた。まず、オーストラリアには
ハイウェイ・トゥ・ヘルを発表したAC/DCがいる。ヴォーカル、ボン・スコットを80年の初頭に失って、ブライアン・ジョンソンに変わった。ギターはアンガス・ヤングで、パブリックスクールの半ズボンの制服を着てギターを弾きながら跳ね回る。一目見てわかる個性とキャッチーなメロディはオーストラリアを代表するバンドに相応しく、ヴォーカル交代の影響もなんのその、アルバム、バック・イン・ブラックは総販売数は4900万枚を超えた。
 ドイツではスコーピオンズ、MSGやアクセプトらが活躍する。ヘヴィーなサウンドの中にメロディアスなサウンドが潜むジャーマンメタルが誕生した。80年代に出したアルバム、ブラックアウト、ラブ・アット・ファースト・スティング、サベージ・アミューズメントの三作がビルボードチャート10位以内に入る大ヒットとなり、その名を轟かせた。
 アクセプトはウドー・ダークシュナイダーと言うダミ声のプリンスがいたバンドで、ハードな楽曲には最大の破壊力を持つ声も、バラードはからっきしダメ、ギターのウルフ・ホフマンは事あるごとにバンドの有り様に不満を呈していた。「バラードがやれないバンドってどうなんだよ?」 バンドもボール・トゥ・ザ・ウォールを頂点に下り坂であったため、メタルブーム真っ只中の86年にウドーは解雇され、結果的に解散、94年の再結成まで活動は無かった。(05年にマーク・トーニロがヴォーカルとなり再々結成した。ドイツ国内の評価は上々で今に至る。)


 TMのメタルブーム振返り!ーその8

 ドイツはやはりシンフォニーと言うお家芸を持っているためか、楽曲にクラッシック音楽を取込むバンドが多い。アクセプトの「メタル・ハート」では「エリーゼのために」がソロに絡んでいたし、ハロウィンの「ライド・ザ・スカイ」の前に奏でる「ウォールズ・オブ・ジェリコ」は「ロンドン橋」の歌として耳馴染みの曲がカバーされている。このハロウィンの登場である1つのフォーミュラが出来た。「スラッシュメタルのスピード感」、「クラシック音楽をカバーしたメロディアスなギターソロ」、そして其処に乗る「ハイトーンヴォーカル」。
 ハロウィンに専任のヴォーカル、マイケル・キスクが加入して、いきなりの二枚続きのコンセプトアルバム、キーパー・オブ・ザ・セブン・キーズをリリースして圧倒的なジャーマンメタルサウンドを確立する。Part1から「I'm Alive」がバンドのアンセムとなる大ヒットとなる。マイケル加入はそもそもヴォーカル兼ギターのカイ・ハンセンのギター専任が目的だったが、結局、マイケルとカイの方向性が合わずカイは脱退、ガンマ・レイを結成する。よって同じフォーミュラで作品製作を2バンドが切磋琢磨で行うため、倍の加速度でジャーマンメタルが世界に蔓延していく。

 ボンジョビとヨーロッパは他の流れからは外れた独自の盛り上がり感を持つ。
「ファイナル・カウントダウン」で知られるヨーロッパはイングウェイ・J・マルムスティーンと同じスウェーデンのバンド。容姿声共に並外れたヴォーカルのジョーイ・テンペストとキャッチーなメロディを生み出すギターのジョン・ノーラムのバンドで、北欧のバンドとしては異例の650万枚を売り上げた。バンドは大ヒットの影響でポップな方向に向かい、86年に嫌気をさしたジョンが脱退する。


 TMのメタルブーム振返り!ーその9

 シングル「ファイナル・カウントダウン」はビルボード8位、「キャリー」は3位になった。ギターがキー・マルセロに代わりアルバムを2作製作し精力的にライブ活動をおこなったがその甲斐もなくバンドは失速、92年に力尽きて解散する。この90年代初頭はヘヴィーメタルからオルタナティブへの潮流の変化があったわけで、少なからず影響はしているようだ。'04年には黄金期のメンバーによる再結成をして、現在に至る。
 片やアメリカではボンジョビが'86年ブレークする。アルバム、ワイルド・イン・ザ・ストリート(Slippery When Wet)の「禁じられた愛」、「リヴィング・オン・ア・プレイヤー」がビルボード1位となり、2800万枚を売り上げた。スタジオアルバム13枚、ベストアルバム3枚の計16枚のCDをリリースして、総計1億2000万枚を売った。人気は未だに衰えず、解散することもなく今も健在である。ボンジョビのツアーに参加したシンデレラ、スキッド・ロウもそれぞれ3×プラチナム、5×プラチナムの成功がもたらされた。ホワイトライオンの2×プラチナムなど、似た位置付けにあるバンドは挙ってチャートを賑わせた。ポイズンやグレート・ホワイトなどLAメタル周辺の西海岸勢に対して、ボンジョビとその周辺の東海岸勢とはまた別な流れがあったと言える。


 TMのメタルブーム振返り!ーその10

 そう、ヘヴィーメタルブームが顕著に分かるのがチャートアクションだったので、メジャーどころと言われるバンドを中心にチャートを振り返ってみた。今の状況からは全くもって想像ができないだろうから、ちょうど良い機会だったのかもしれない。メタル学院ではこれらのバンドは余りにもメジャーすぎるが故にほとんど登場しないから。
 これもアレも含め皆メタルと言う1つ繋がりのもの。その裾野は実に広いのだ。こうした売れ線のメタルバンドに対して、そんなのはメタルじゃねえ!なんて反旗を翻すバンドだっていた。例えばマノウォーである。
 こうしたキャッチーな楽曲で人気を博したポップ寄りのHR/HMを一刀両断で切り捨て「偽メタルに死を!」等、強烈なスローガンとマッチョな肉体でメタル様式美への回帰をうながす。'84年のサイン・オブ・ザ・ハマーから'88年のキング・オブ・メタルなどは、ヘヴィーメタルの様式美の色濃いパワーメタルであり、ジョーイ・ディマイオの強烈なカリスマ性にファンはマノウォー・サインで歓迎する。熱狂的なファン、メタルウォーリアーズが支持する。そのマノウォー信者とも言われるファンの熱狂を見ていて気づくことがある。The Oneとにていること・・・。


 TMのメタルブーム振返り!ーその11

「興隆するメタルに対するアンチテーゼとしてのメタル」がマノウォーだとすれば、「失墜するメタルに対するテーゼとしてのメタル」がベビーメタルじゃないのか?時代の有り様が異なるが故に軽く比べることなどはできない。けれども、その時代との距離感やその存在を俯瞰してみれば、どこか符合するようにも思える。マノウォーの言う「偽メタル」の定義はさほど厳密ではなく、どちらかといえば「仮想的な客体」に対する自己の立ち位置にこそ、その意義があり、その曖昧さが故にファンの支持が得られている。それが何であれ、その距離感が意味を持つ故のベビーメタルとの符合。まあ、メタルウォーリアーズに言ったら総スカン間違いないだろうが。(笑)