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『TMのヘヴィーメタルレジェンド Vol.2/リッチー・ブラックモア』

TMのヘヴィーメタルレジェンド
Vol.2/リッチー・ブラックモア

ディープパープルとレインボーというバンドで各界に影響を与えた天才リッチー・ブラックモアを紹介します。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「ハイウェイ・スター」はロック界を代表する名曲として今でもいろいろなところで聴かれますね。それでは行きましょう!
ブラックモアズナイトへようこそ!

2-1.高まるギターへの思い

リッチーが生まれたのはイギリスの南西部サマセットで、ロンドン近郊のミドルセックス州で育ったとさ。11歳の時に父親からプレゼントされたギターでレッスンして14歳の時にエレキギターで初めて人前で演奏を披露したそうな。そして15歳から空港の整備技師として働き始めるが、ギターへの情熱は高まるばかり。幾つかのバンドでセッションを重ねているうちに、整備技師への道は諦め、音楽の道に進むことを決意した。

早速、ドイツ、ハンブルグに渡ってセッションを繰り返すうちに、スクリーミング・ロードサッチ&ザ・サーベイジズのロードサッチに気に入られザ・サーベイジズでギターを弾くようになる。このバンドはそれほど人気のあったバンドではなかったけれど、同じようにジェフベックやジミーペイジも在籍していたという意味では一つの登竜門であったとも言える。下の音源はなかなか痺れるものばかりです。

Screaming Lord Sutch & The Savages (Joe Meek) - The Train Kept A'Rollin' - 1965 
https://www.youtube.com/watch?v=icAcKwf5NJI

Ritchie Blackmore Early days 1965 Audio
https://www.youtube.com/watch?v=OYMPZW504SU


2-2.セッション!

リッチーは14歳から隣人のギターリストのビッグ・ジム・サリバンに師事している。ビッグジムはトム・ジョーンズ等と活動をしており、その紹介で18歳くらいからトム・ジョーンズを始めとするビッグスターとのセッションにも呼ばれる。ビッグ・ジムは同時期、この後レッドツエッペリンを結成することになるジミー・ペイジにも師事しており、ジミーはリトルジムとも呼ばれていたようですね。下の映像もまた痺れるものばかりです。The Outlawsでフリフリしているブラックモアってかなり微妙というか貴重。

BIG JIM SULLIVAN, He gave guitar lessons to a teenage Ritchie Blackmore!
https://www.youtube.com/watch?v=e2AN_J8mjhI

Tom Jones with Big Jim Sullivan - Guitar Man
https://www.youtube.com/watch?v=bN8T7rsMoyQ

Tom Jones - Lonely Joe 
Ritchie Blackmore on guitar
https://www.youtube.com/watch?v=98sE5e4zcRw

The Outlaws - Law & Order (1963) (Ritchie Blackmore, Mick Underwood)
https://www.youtube.com/watch?v=IECo3FAGQBw

そして、1967年にディープパープルを結成する。


2-3.第1期ディープパープルの誕生

当初はバンド名を「ラウンドアバウト」と言っており、「サーチャーズ」にいたドラム&ボーカルのクリス・カーティスがバンドを立ち上げた。同じアパートに住んでいた「フラワーポットメン」に在籍のジョン・ロードをを誘って、同じく在籍していたブラックモアも参加することになった。しかしこれ以降の人選がうまくいかず、一旦は決まりかけたメンバーも、肝心のクリスが失踪したために消滅しそうになる。しかしマネージメントからの要請でかろうじて分裂には至らず、ジョン・ロードが「フラワーポットメン」のバックバンドでベースを弾いていたニック・シンパーを誘い、ドラムとボーカルはオーディションをしてメイスのイアン・ペイス(ドラム)、ロッド・エバンス(ボーカル)に決まった。そしてここでバンド名も改め、「ディープパープル」とした。これが第1期ディープパープルとなる。

ジョン・ロード(Key)
リッチー・ブラックモア(G)
イアン・ペイス(Ds)
ニック・シンパー(B)
ロッド・エバンス(Vo)

この時まだリッチーは1メンバーにすぎず、バンドの方向性はジョン・ロードが決めていた。当時流行っていたヴァニラ・ファッジ、マウンテン、クリーム、ドアーズなどのサイケデリックロックのジャンルに属する音楽性だった。このファーストアルバム「ハッシュ - Shades Of Deep Purple」からのシングル曲「ハッシュ」が異例とも言える全英、全米大ヒットを記録。ナーナナ、ナーナナ、ナーナナナー♫

Hush - Deep Purple
https://www.youtube.com/watch?v=dqZDw3sX8tg


2-4.1期ディープパープルの分裂

デビューアルバム「ハッシュ - Shades Of Deep Purple」の予想外のヒットを受けてアメリカレーベルからの強い要請でセカンドアルバムが短期間で作られる。
セカンドアルバム「詩人タリエシンの世界 - The Book Of Taliesyn」を1968年にリリースする。

DEEP PURPLE -- The Book Of Taliesyn — 1968
https://www.youtube.com/watch?v=R7bN2iA12Fc

DEEP PURPLE - 1968 - "Kentucky Woman" - 2013 Video Edit
https://www.youtube.com/watch?v=5_ch2shcQDU

Deep Purple - "Wring That Neck" (Live at the Bilzen Jazz Festival 1969)
https://www.youtube.com/watch?v=GqQL8XSzaAw

サードアルバム「Deep PurpleⅢ - 素晴らしきアート・ロックの世界」がリリースされレーベル倒産、移籍を進める中、バンド内も方向性の違いが見え始めた。これまでリードしてきたジョン・ロードの方向性に異を唱え始めたリッチー。サードアルバムの不振とレッド・ツエッペリンのアメリカでの成功等から、よりハードロックの方向性を訴えるリッチーの方向性が今後バンドをリードすることに・・・。


2-5.2期ディープパープルの誕生

The Outlawsの旧友ミック・アンダーウッドから凄いボーカルがいるとエピソードシックスのイアン・ギランを紹介される。そのパフォーマンスを見たリッチーは早速、ジョンやマネジメントと掛け合いイアン・ギランをディープパープルのボーカルに招き入れる。
そしてイアン・ギランの要望から、同バンドのロジャー・グローバーも加入させることとなり、ヴォーカルのロッド・エバンス、ベースのニック・シンパーが押し出し解雇となる。そして生まれたのが4枚目のスタジオアルバム「インロック」だ!

ジョン・ロード(Key)
リッチー・ブラックモア(G)
イアン・ペイス(Ds)
ロジャー・グローバー(B)
イアン・ギラン(Vo)

Deep Purple - In Rock
https://www.youtube.com/watch?v=h54-WWqlSt4

この1970年に発売になったアルバムで全英4位を獲得して、このハードロックを重視した
方向性で進めることが決定した。

そのまま1971年に5枚目のスタジオアルバム「ファイアーボール」をリリースする。このアルバムは全英1位を記録した。

Deep Purple - Fire Ball
https://www.youtube.com/watch?v=wJ_JvzfhodQ


2-6.アメリカでの成功、そして分裂

6枚目のアルバム製作のために出向いたレマン湖で火事がありその湖上に広がる煙をみてイアンが発した「スモーク・オン・ザ・ウォーター」という言葉からイメージを膨らませて作ったとされる同名曲が全米4位を獲得し、アメリカでの成功をつかむ。
この曲が収録される1972年にリリースされた6枚目のアルバムが名盤「マシンヘッド」でだ。このアルバムの一曲目に「ハイウェイスター」も収録されている。

Deep Purple - Machine Head
https://www.youtube.com/watch?v=4BYmhamWgHo

Deep Purple - Smoke On The Water
https://www.youtube.com/watch?v=7mCK05dgwgU

Deep Purple - Highway Star(メイド・イン・ジャパンより)
https://www.youtube.com/watch?v=7zKAS7XOWaQ

7枚目のアルバム「紫の肖像」をリリースした。このアルバムのシングルカット曲
「ウーマン・フロム・トーキョー」が振るわず、 疲弊したメンバー間でのコミニケーションもうまくいかなくなった。特にリッチーとイアンとの間が険悪となり、この「紫の肖像」と同時にリリースされた名盤「ライブ・イン・ジャパン - Made In Japan」を最後にイアンとロジャーが脱退する。

Deep Purple - Woman From Tokyo. 1973
https://www.youtube.com/watch?v=H41HMCxtMiE

Deep Purple - Made in Japan
https://www.youtube.com/watch?v=_mR-oI0lyck


2-7.3期ディープパープルとリッチーの脱退(トミー・ボーリンの悲劇)

リッチーが理想としていたボーカリスト、ポール・ロジャースに声をかけたが、ポールはバッドカンパニーを始動させたため、ボーカルは一般公募のオーディデョンで決めることとなった。その結果選ばれたのがデビッド・カヴァーデールである。ベースはトラピーズのグレン・ヒューズ。

ジョン・ロード(Key)
リッチー・ブラックモア(G)
イアン・ペイス(Ds)
グレン・ヒューズ(B)
デビッド・カヴァーデール(Vo)

8枚目のスタジオアルバム「紫の炎 - Burn」が1974年初頭にリリースされる。デヴィッドのファンキーさが出て全英、全米共にヒットを記録し次作につなぐ。

Deep Purple-Burn
https://www.youtube.com/watch?v=LCnebZnysmI

9枚目のアルバム「嵐の使者」が1974年11月にリリースされる。引き続き製作された
このファンキーな作品はセールス的には悪くはなく、このまま進むこともできたはずだが、この方向性をよく思わなかったリッチーがディープパープルを脱退してしまう。

Deep Purple -嵐の女 Lady Double Dealer
https://www.youtube.com/watch?v=7LLBwzMxgQA

ディープパープルはリッチーの後釜のギターリストにトミー・ボーリンを据える。10枚目のアルバム「カム・テイスト・ザ・バンド」をリリースするが方向性の変更がパッシングされてバンドは空中分解し、1976年に活動停止する。重責を全うできなかったトミー・ボーリンは同年オーバードーズで死去した。

Deep Purple - Come Taste The Band
https://www.youtube.com/watch?v=U9Yj7V0_XOY


2-8.虹!

1974年にディープパープルと一緒にツアーを回ったオープニングアクトはアメリカのバンド、エルフだった。このバンドのボーカリスト、ロニー・ジェームス・ディオの声をリッチーが好み、自身のソロシングル用に2曲録った。当初、ディープパープルで録ろうと提案して他のメンバーから却下されたクウォーターマスの「ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー」と、ロニーとの共作曲「16世紀のグリーン・スリーブス」だった。この2曲が非常に良かったので、ディープパープルに見切りをつけて、新バンドのアルバムを録音した。それがリッチー・ブラックモアズ・レインボーとしてのファーストアルバム「銀嶺の覇者」ですね。 

Rainbow - Black Sheep of the Family 
http://youtu.be/qyf2t5KAb-Y

Rainbow - 16th Century Greensleeves 
http://youtu.be/FwDanmEd9qw


2-9.ロニー・ジェームス・ディオ

"I left Deep Purple because I'd met up with Ronnie Dio, and he was so easy to work with. He was originally just going to do one track of a solo LP, but we ended up doing the whole LP in three weeks, which I was very excited about.

「私がディープパープルを脱退したのはロニー・ジェームス・ディオに出会ったからなんだ。彼となら仕事がとてもやりやすかったし、オリジナルのソロのLPの1曲を丁度作ったところだったし、アルバム全曲でも三週間で終わったからね、とても興奮したよ。」

リッチーは気を良くしてエルフをバンドごと引き受け、自身のバンドとした。

リッチー・ブラックモア(G)
ロニー・ジェームス・ディオ(Vo)
クレイグ・グルーバー(B)
ミッキー・リー・ソウル(Key)
ゲーリー・デリスコール(Ds)

ELF - Elf (1972) full Cd
https://m.youtube.com/watch?v=9DnpYHZUsmo


2-10.セカンドアルバム!

リッチーはエレクトリック・ライト・オーケストラのヒュー・マクドウェルからチェロを習った。そのチェロを通してレインボーでは中世のバロック音楽から影響を受けた音楽を奏でることになった。

1976年にリリースしたセカンドアルバム「虹を翔る覇者 - Rising」はロニーを除くメンバーを変えてレコーディングされた。コージー・パウエルはジェフ・ベック・バンドにおいて既に実績を積んでいて正規メンバーとして加入、ジミー・ベインとトニー・カレイは一作限りの契約で参加した。このアルバムは1ヶ月弱で仕上げられた。

リッチー・ブラックモア(G)
ロニー・ジェームス・ディオ(Vo)
ジミー・ベイン(B)
トニー・カレイ(Key)
コージー・パウエル(Ds)

Rainbow - Stargazer
http://youtu.be/UgdSarGbE0g


2-11.壮大なインプロビゼーション!

この頃のツアーでは、リッチーよりもトニー・カレイが主導権を握った。トニーがこのレインボーのライブをこう評す。

"We didn't work anything out, except the structure, the ending ... very free-form, really progressive rock."

「私たちはその曲の構造以外、何も規定しない、終わりさえも・・・とっても自由なスタイルなんだ、これぞプログレッシブ・ロックって感じなんだよ。」

Rainbow - Stargazer Footage (Rising Tour 1976 Documentary) HD
http://youtu.be/HDY7tTMnqys

このトニーが自画自賛するライブも、リッチーにとってはあまり快く思えなかった。(トニーは後に「リッチーより目立ち過ぎた。」と回想している。)結局、リッチーはトニー・カレイを解雇し、カナダ人のデヴィッド・ストーンに変える。ベースもジミー・ベインからマーク・クラークに変えるが、その演奏スタイルが気に入らなかったため即解雇し、ボブ・ディズリーへと落ち着かない。
サードアルバム「バビロンの城門 - Long living Rock'n'Roll」はこのメンバーで製作し、リリースした。

Rainbow - Long Live Rock 'n' Roll
http://youtu.be/sLN8lHBBKck

Rainbow - Kill The King
http://youtu.be/UbflcDw-uWM


2-12.三頭体制の崩壊

「バビロンの城門」ではおよそメディアではかからない様な大作曲ばかりを収録したためか、メディアから見放され、アメリカでのセールスが落ちたとの判断があった。レインボー好きにはこれほどいかした作品はないのだが、リッチーはレインボーをメディア受けする方向へ音楽性を転換する。この転換にロニーは反発し、長らく続いた三頭体制(リッチー、ロニー、コージー)は崩壊し、ロニーは脱退する。(リッチーはロニーの作るファンタジックな歌詞を嫌いだったと語っている。)

ロニーはこの後、シャローン・アーデン(後のシャローン・オズボーン)の提案で直ぐにオジー・オズボーンの抜けたブラックサバスへの加入が決まる。

一方、リッチーはレインボーのボーカリストとしてまず先にイアン・ギランを誘うが、酒の席だったために肝心の話が有耶無耶になり加入話は流れてしまった。次に声をかけたのは以前から気になっていたザ・マーブルス。「Only One Women」をリッチーが痛く気に入っていたのがその理由だ。

The Marbles - Only One Women
http://www.dailymotion.com/video/x3dgsz_marbles-only-one-woman_music

ザ・マーブルスはグラハム・ボネットとトレバー・ゴードンのデュオで、リッチーの提案でグラハム・ボネットがレインボーに加入する。

コージー・パウエルは残ったものの、ディビッド・ストーンとボブ・ディズリーは解雇となり、キーボードはドン・エイリー、ベースはディープパープルのロジャー・グローバーがプロデューサーと兼務することで決まった。このメンバーで4枚目のアルバム「ダウン・トゥー・アース」をリリースした。

Rainbow - Down to Earth
https://m.youtube.com/playlist?list=PL155F62681E90A9B5


2-13.成功への架け橋

アルバム「ダウン・トゥー・アース」からラス・バラードのカバー曲「シンス・ユー・ビーン・ゴーン- Since You've Been Gone.」が先行シングルとして発売されて全英、全米共にまずまずの成功を納めた。

Rainbow - Since You've Been Gone
https://www.youtube.com/watch?v=xfWPqRtozh0

しかし商業的な成功の裏で反発もあった。コージー・パウエルはこうしたリッチーのポップロック路線を批判し、脱退を宣言した。

アメリカのポップロックバンド、ファンダンゴ
での活動に一区切りをつけたジョー・リン・ターナーに連絡が入る。

「イギリスと日本では既に有名だが、アメリカではまだそこそこのバンドでボーカルをやってみないか?」

レッドツェッペリンに憧れを抱くジョー・リンにとって渡りに船だった。このリッチーからの誘いにのりレインボーのオーディションを受け、加入が決まる。

グラハム・ボネットは新作アルバム用のバックボーカルを収録した後に一旦帰郷していたが、再び合流した時に、ジョー・リン・ターナーの加入を知る。ロジャーからジョー・リンと歌い分けを提案されるが、納得が出来ず脱退となった。

ドラマーは無名の新人ボビー・ロンディネリが担当して「アイ・サレンダー - Difficult to Cure」を収録した。先行シングルの「アイ・サレンダー」もラス・バラードのカバー曲である。

Rainbow - I Surrender
https://www.youtube.com/watch?v=EJ29pVhsdMs


2-14.成功、そして・・・深紫!

「闇からの一撃-Straight Between The Eye」

アイ・サレンダーのツアーが終わり、ボビー・ロンディネリと相性の合わなかったドン・エイリーが脱退する。代わりに加入したのがデイブ・ローゼンサル。ジョー・リンもこのアルバムでは作曲から参加した。このアルバムのタイトルである「Straight Between The Eye」はジェフ・ベックがジミー・ヘンドリクスを語った際に言ったフレーズである。このアルバムはMTVでヘヴィーローテーションでかかり、アメリカのビルボードチャートで30位とTop40内に食い込む。シングルでも「Stone Cold」と「Power」がヒットする。特に「Stone Cold」はビルボード・ロック・チャートで第1位を記録する。

Rainbow - Stone Cold
http://youtu.be/hByGwgm_vRs

Rainbow - Power 
http://youtu.be/UQUDOyZ2RFY


「ストリート・オプ・ドリームス-Bent Out Of Shape」

ドラマーがボビー・ロンディネリからチャック・バギーに交代して収録された。アルバム製作初めにディープパープルの再結成話が出て、有耶無耶になった後で、製作を続行してリリースされた。先行シングル「Street of Dreams」はリッチーが最も好きなレインボーの楽曲であると語っている。結局、このアルバムを最後にレインボーは解散する。
いよいよ、Deep Purpleが復活する。

Rainbow - Street of Dreams
http://youtu.be/rQvu5Eo7rKI


2-15.待望の再結成!

ジョン・ロード(Key)
リッチー・ブラックモア(G)
ロジャー・グローバー(B)
イアン・ペイス(Ds)
イアン・ギラン(Vo)

インロック、ファイヤーボール、マシンヘッド、紫の肖像と言う正に黄金期のメンバーで再結成されたディープパープル。当時は世界的なメタルブームの最中で、人気に火が付いたレインボーからリッチーとロジャー、ブラックサバスからはイアン・ギラン、ホワイトスネークからはジョン・ロード、ゲーリー・ムーアからイアン・ペイスとそれぞれ人気を博す気鋭のロックアイコンたちが集まって伝説のバンド、ディープパープルが再結成されると言うニュースはかなりの衝撃だった。活動停止から8年、リッチーが脱退してから10年が経った1984年にアルバム「パーフェクト・ストレンジャー」がリリースされる。アルバムは全英5位、全米17位のプラチナディスクとなり、「マシンヘッド」以来の大ヒットとなる。

Deep Purple - Perfect Strangers
http://youtu.be/gZ_kez7WVUU

Deep Purple - Knocking at Your Back Door
http://youtu.be/G7GERh0sQzY


2-16. 80,000人のネブワース

ワールドツアーはオーストラリアから北米、ヨーロッパを巡り、イギリスに帰ってきた。イギリスでは大雨の泥だらけの中、80,000人ものファンが集い、バンドの復活を祝したネブワースの公演があった。ミートローフ、マウンテン、UFO、スコーピオンズ、そしてヘッドライナーはディープパープルだった。

Deep Purple Live at Knebworth (UK) 1985 Full Show (ish) AUDIO
https://www.youtube.com/watch?v=ugtjkuvSd8Q

Deep Purple's TV appearance June 1985 with Interviews from Knebworth 1985
https://www.youtube.com/watch?v=UevKzPdgB8w

リッチー・ブラックモア インタビューから

「未だにイアン・ギランのパフォーマンスで忘れられないのは、「Perfect Strangers」 をオーディエンスに紹介する時のMCで「次にやるのは「Perfect Street Rangers」 で、これはサッカー・チームのことを歌った曲だ」なんて言うんだ。』(1985年のネブワース公演で)

「これは彼の大好きなサッカー・チームである「QUEENS PARK RANGERS」に引っ掛けてジョークにしたものなんだが、オーディエンスは何を言っているのかさっぱり理解出来なくて唖然としているんだ。」

「僕は直ぐにわかったからね、大笑いしそうになったけど、僕とイアンは仲が悪いということになっているから彼のジョークに笑うわけにもいかず、後ろを向いて爆笑していたんだよ。 (笑) 」

こんな風にリッチーとイアンはお互いを分かり合っている部分は持ち合わせているのに、どうしてもしばらくすると仲違いしてしまう。そこが犬猿の仲と言われる所以だ。

結局今回の再結成でもその例に漏れず、イアンはリッチーと仲違いをして、このネブワースの後にディープパープルを脱退してしまう。


2-17.不協和音

「ハウス・オブ・ブルー・ライト - The House of Blue Light」1987

長いレコーディング、再録音に次ぐ再録音。漸く日の目を見たのがこのアルバム「ハウス・オブ・ブルー・ライト」だ。イアン・ギランに言わせると「楽曲は粒揃いだった。なのに何かが物足りない感じで終始してしまった。プロが五人集まって、録ったけど何かバラバラなんだ。言うなれば、サッカーチームで11人のスーパースターが同じフィールドに集まっているのに心とか精神が離れている感じ。」結局、ゴールドディスクを取ることすらできずに終わった。

Call of Wild
http://youtu.be/X0lerJp82Xw


「スレイブズ・アンド・マスターズ - Slaves And Masters」1990

イアン・ギランが去ってディープパープルに加入してきたのが元レインボーのジョー・リン・ターナー。あの後期レインボーで成功を手中に納めた際のポップロック化が起こるのか?。しかし、パープルはレインボーとは違う、五人がそれぞれの主張をするバンド、パープルではジョー・リンは単なる1メンバーに過ぎない。奇跡のハーモニクスどころか、確執しか生まれなかったジョー・リン・ターナーの参加はリッチー以外のメンバーとの間に大きな溝を作る。「スレイブズ・アンド・マスターズ」はアメリカ市場では全く売れず、そのバンドの不調の全ての責任を背負い、マネージメントから外されることになった。結成25周年を黄金期メンバーで迎えたいとするマネージメントから指名されて、イアン・ギランがバンドに復帰する。

Slaves And Masters
http://youtu.be/FQ8rrur0geA


2-18.二度目の脱退

「紫の聖戦 - Battle Rages On...」
バンド結成25周年を記念してリリースされたアルバム。しかしマネージメントからイアン・ギランでと言われた時、アルバムはジョー・リン・ターナーで歌入れも終わって、ほぼ完成していた。そのアルバムを無理やりイアンとロジャーが歌メロと歌詞を書き直して作り直したと言うから、こうなるのは明らかだった。激昂したリッチーはディープパープルを脱退する。

このアルバムのリフが焼き直しと言われている曲がある。タイトルトラックの「ザ・バトル・レイジズ・オン」と「アンヤ」。これがレインボーの「ファイヤー・ダンス」と「ストランディド」に似たリフを使っている。当時は相当批判されたが、別に自己カバーであれば構わないのではないか。曲としてはそれぞれ良さはあるのだから。そんな話題でも、この比較はなかなか面白いので紹介しておく。結果的に聴きもしなかったファンが多かったとか、残念。アメリカでは180位とか激しく落ち込んだ。

Deep Purple - The Battle Rages On
http://youtu.be/HPWKyQpAaDg

Rainbow - Fire Dance
http://youtu.be/QN3U6HpwiMw


Deep Purple - Anya
http://youtu.be/-Uwnnx6X2_A

Rainbow - Stranded
http://www.dailymotion.com/video/x24kw4o_rainbow-stranded-live_music


2-19.再び虹、そして・・

1994年にリッチー・ブラックモアズ・レインボーが復活した。とは言っても、そもそもソロとして「ムーン」と言うプロジェクトだったものがマネージメントからの意向で「レインボー」名義にさせられたと言うもの。よってリッチー以外は新メンバーである。

「孤高のストレンジャー - Stranger In Us All」

リッチー・ブラックモア(G)
ドゥギー・ホワイト(Vo)
ポール・モリス(Key)
グレッグ・スミス(B)
ジョン・オライリ(Ds)
キャンディス・ナイト(BVo)

ドゥギー・ホワイトはプレイング・マンティスからきているが、他はほとんど無名のミュージシャンである。ライブツアーにはドラマーに元レインボーのチャック・バギーとミートローフのジョン・ミセリが参加した。

Rainbow - Stranger In Us All
http://youtu.be/390I3p6HilM

Rainbow - Hall of The Mountain King 
http://youtu.be/eU6pTPn4Lp4


2-20.伴侶と共に(最終)

「孤高のストレンジャー」は話題性も乏しくセールスとしては振るわなかった。レインボーのツアーが終わるとリッチーは別のプロジェクトを始動する。ブラックモアズ・ナイトと言うフォークロックデュオを組むことにした。長年の夢としてルネサンス音楽を演奏するバンドを組むことを胸に抱いていたとか。その活動は伴侶となるキャンディス・ナイトを見つけてここに実現した。

ブラックモアズ・ナイトは1997年から今に至るまで2〜3年ピッチで新作をリリースし続けている。2015年も「All our Yesterdays」をリリースしている。アルバムを聴くとフラメンコ調の民族音楽で、グロリア・エステファン&マイアミサウンドマシーンを思い出してしまった。

All our Yesterdays
https://m.youtube.com/watch?v=of71HTLbwpg

もうデープパープルを脱退してから20年が過ぎ、その間、ずっとリッチーは、ブラックモアズ・ナイトをやっているのだから、もうレインボーにも、そしてディープパープルにも戻ることはないのだろう。イアン・ギランもリッチーを誘うことはもうないと言っている。

http://www.barks.jp/news/?id=1000092875

ただし、ロックコンサートは今年、開催する予定とのこと。メンツを見るとブラックモアズ・ナイトに近いのかなと思うけれど如何でしょうか?

http://www.barks.jp/news/?id=1000121378

最後にインタビューを貼って終わりにします。
それでは!

The Ritchie Blackmore Story - Ritchie Blackmore interview (2015) 
http://youtu.be/gjTl3R-pMrI

The End


リッチー・ブラックモア付録編

1.新しい音楽の始動

リッチー・ブラックモアがハードロックからオフセットして、フィアンセのキャンディス・ナイトと共に、民族音楽的なアコースティックな音楽を展開する。それがブラックモアズ・ナイト。 リッチーはかく語りき。

「基本的にジプシー音楽なんだよ。ジプシーの音楽をモダンなエレクトリックな雰囲気で捉え直したものなんだ。だから心の奥底に響くものがある。決してBGMになるような音楽ではなくて、じっくり聴きたくなるような音楽がここにある。私たちの心の奥底に触れる何かがね。」(リッチー・ブラックモア)

ブラックモアズ・ナイトはリッチー・ブラックモアとキャンディス・ナイトのバンドであり、ファーストアルバムレコーディング時点では以下の配員となっている。

リッチー・ブラックモア(G.)
キャンディス・ナイト(Vo.)
パット・レガン(Key)
ジェラールド・フラッシュマン(Trumpet)
トム・ブラウン(Cello)
レディ・グリーン(Violin)
イアン・アンダーソン(Flute)
スコット・ヘーゼル(B.Vo)

やたらメンバーは多いのだが、ブラックモアズ・ナイトは基本的にリッチーとキャンディスの二人であり、それ以外のメンバーは曲毎、アルバム毎、ツアー毎の契約であり、固定メンバーではない。これまでのバンドのあり方とはちがう。「孤高のストレンジャー」でギャラに関してメンバーと揉めていたし、その影響かな〜。


リッチー・ブラックモア付録編

2.シャドウ・オブ・ザ・ムーン

デビュー・アルバムの「シャドウ・オブ・ザ・ムーン」は1997年にリリースされた。
リッチーがこのブラックモアズ・ナイトをはじめたきっかけはこのバンドの音楽を聴いたことに起因するようだ。

デス・ガイエル・シュワルツァー・ホーフェン。

1988年にリリースされたアルバム「All VOll」からの「Tourdion」。この曲の中番2:08からの展開が驚きの一曲となっている。リッチーはルネサンス音楽の「Tourdion」を愛聴していただろうし、このデス・ガイエル・シュワルツァー・ホーフェンのアレンジを聴いて、興奮したに違いない。そして何時しか自分のアレンジでこの音楽を深めたいと思って始動したのがブラックモアズ・ナイトというわけだ。
この「Tourdion」にインスピレーションを得てリッチーが書いたのがこのファーストアルバムに収録されている「Play Minstrel Play」。フルートにはジェスロ・タルのイアン・アンダーソンが参加している。聴き比べてみれば同じ曲も演奏者によってこれだけ違うのだということが分かる。

Des Geyers Schwarzer Haufen - Tourdion 
https://www.youtube.com/watch?v=aJGA1pBQxlQ

Tourdion - quand je bois du vin clairet (French Traditional from Renaissance)
https://m.youtube.com/watch?v=7eG41pUcEug

Blackmore's Night - Play Minstrel Play 
https://www.youtube.com/watch?v=fomtue_jLNI


リッチー・ブラックモア付録編

3.アンダー・ア・バイオレット・ムーン

このアルバムはブラックモアズ・ナイトの1999年にリリースしたセカンドアルバムだ。その中に収録されている一曲「March the Heroes Home」では前作に紹介したDes Geyers Schwarzer Haufen(以下DGSH)がレコーディングに参加している。またこの年のツアーではDGSHがブラックモアズ・ナイトの前座としてヨーロッパを一緒に周っている。そのツアーの様子を納めたアルバムが「LIVE'99」であり、ボーナストラックではリッチーも参加した「Gottliche Device」が収録されている。

前作「シャドウ・オブ・ザ・ムーン」もリッチーの紡ぎ出す音楽としての完成度は高かったが、セカンドアルバムはよりノリの良い曲が集まっている。タイトル曲「Under A Violet Moon」や「Morning Star」では、イングヴェイ・マルムスティーン、ストラトヴァリウスのメンバー、イェンス・ヨハンソン(Key)が参加している。ジョン・ロードやドン・エイリーに影響を受けたイェンスのアナログシンセの音がリッチーのギターに合っていて素晴らしい。

Blackmore's night - Under a Violet Moon
http://youtu.be/x0GJjv9SdF8

前作に比べてギターの音が大きくなり、魅力的なリッチーのアコースティックの音を堪能できる。アルバムの最後にはロニー・ジェームス・ディオ時代のレインボー、セルフカバー曲「Self Portrait」も収録されている。

Blackmore's night - Self Portrait
http://youtu.be/ahqS3Fa0UpM


リッチー・ブラックモア付録編

4.ファイアーズ・アット・ミッドナイト

前作が音楽的なバランスがバッチリで思いの外素晴らしくて、この音楽の可能性を感じた。そして迎えたブラナイのサードアルバム。冒頭の「Written in the Stars」からエレキギターがガンガンに鳴りまくる、レインボーから流れてきたファンにとっては堪らない楽曲のオンパレードだ!いや〜、これぞ待っていましたとばかりに勢いづいた・・。
待望の楽曲に消えそうなメインボーカルが乗る。でも間に刺し挟まれるギターがどれも素晴らしい・・。「Again Someday」の透き通ったリッチーのアコースティックギターの音色にはマジに脱帽だ。

Blackmore's Night - Again Someday
http://youtu.be/exmARE3d4Hw

しかしタイトルトラック「Fires At Midnight」や酒場で盛り上がる曲という「Home Again」は楽曲の素晴らしさに圧倒れるものの・・肝心なコーラスでキャンディスの声が裏返る。「Storm」の嵐のようなアコースティックギターの襲撃はもう、どうにでもして〜というような素晴らしいリフの応酬で痺れだが・・、ボーカルがアタフタ跳ねてて失笑、あまりにも残念。

とは言いつつも「I Still Remenber」みたいに上手くマッチングしているものもあるから紹介しておく。このアルバムはなんと良い曲が多いことか。

Blackmore's Night - I Still Remember
http://youtu.be/O5qlBi79svI


リッチー・ブラックモア付録編

5.ゴースト・オブ・ア・ローズ

バラード選集とライブ盤を挟んで2003年にリリースされた4枚目のスタジオアルバム。前作よりギターが他のパートと調和した秀作との評価が高いアルバムである。前作感じたキャンディスの浮いたボーカルが嘘のように感じられる素晴らしい出来になっている。
このアルバムではジョーン・バエズの名曲「ダイアモンド・アンド・ラスト」とジェスロタルの「レインボー・ブルース」をカバーしている。リッチーのギターが上手くはまって、オリジナルと並べても遜色ないのは流石である。とうとうここまで来たのか!と言って差し支えないと思える。

Joan Baez - Diamond and Rust
http://youtu.be/GGMHSbcd_qI

Blackmore's Night - Diamond and Rust
http://youtu.be/xj1uUwWI4ig

ブラックモアズ・ナイトのオリジナル曲「Where Are We Going from Here」はリッチーらしいマイナーコードの美しい調べを奏でており、何よりも素晴らしいのがキャンディスのボーカルがその魅力を開花させていること。

Blackmore's Night - Where Are We Going from Here
http://youtu.be/cbJ89efvKqM

そしてリッチー・ブラックモアのギターが鳴いているイントロから入る「All for One」を聴いてみよう。ゲーリー・ムーア?って思わせるくらいの鳴きが随所に差し込まれる。この「All for One」にしても、タイトルトラックの「Ghost of A Rose」にしても非常に難しい歌ばかりだがキャンディスの声に危うさが一切ない。それだけで一聴の価値がある。

Blackmore's Night - All for One
http://youtu.be/K-EXfyd8L9Y

Blackmore's Night - Ghost of A Rose
http://youtu.be/qqjWv3cxmtw


リッチー・ブラックモア付録編

6.ヴィレッジ・ランタン

2006年1月にリリースされた5枚目のアルバム。前作の完成された雰囲気を継承している。
一曲目の「25 Years」は正に名曲である。

Long ago, far away
In the mist of yesterday
昔、遠く
昨日の霧の中

このサビがいい!

Blackmore's Night - 25 Years
http://youtu.be/cTIUX26yl1s

ブラックモアズ・ナイトはアルバム毎にその印象が異なる。キャンディス寄りのアルバムか、はたまたリッチー寄りのアルバムかでアルバムの音楽的な方向性がまるで異なる。この「ヴィレッジ・ランタン」は曲構成を見ると再びリッチー寄りなアルバムとも取れなくもない、ロックが随所に散りばめられてはいる。実のところは、ブラックモアズ・ナイトならではのバラード+コミカルな祝杯の歌を併せ持つ独特の歌の集合体なのである。タイトルトラックの「Village Lanterne」はまさに「しっとりと、でも楽しい」そんな曲としてこのアルバムを象徴する一曲である。

Blackmore's Night - Village Lanterne
http://youtu.be/xUzo591mgUQ

また「I Guess It Doesn't Matter Anymore」、
「Just Call My Name(I'll be There)」の2曲もタイトルがそのままサビになる歌であり、耳馴染みの良い曲となっていて、キャンディス・ナイトの真骨頂とも言える。

Just Call My Name (I'll Be There) - Blackmore's Night
http://youtu.be/Aj3pJni_DXE

中盤に仕込まれたディープパープル「インロック」からのカバー曲「チャイルド・イン・タイム」はキャンディスの笛の音に導かれる「モンド・タンズ」に続けて演奏される。

Blackmore's Night - Mond Tanz\Child in Time 
http://youtu.be/yvBEY2_Ag78

またボーナストラックではかつての朋友ジョー・リン・ターナーとの共演曲「ストリート・オブ・ドリームス」が含まれる。

'Street of Dreams' ~ Blackmore's Night feat. Joe Lynn Turner
http://youtu.be/HxSD2Z7EWy8

ロックっぽさが強調された3枚目のアルバム「ファイヤーズ・アット・ミッドナイト」ほど、ロックの突拍子の無さは感じられず、前作ほどではないにしろ全体的な一体性のある完成度の高いアルバムであると感じられた。キャンディスのボーカルも曲に馴染んでいて、まさにブラックモアズ・ナイトならではの一枚となっている。


リッチー・ブラックモア付録編

7.シークレット・ヴォヤージュ

2006年11月にリリースされた6枚目のクリスマスの企画盤スタジオアルバム「ウィンター・キャロルズ」を挟んでリリースされた2008年の7枚目「シークレット・ヴォヤージュ」を紹介する。ヨーロッパやアメリカのチャートアクションはわるくなかったものの、日本での発売は遂に見送られてしまった作品でもある。

Blackmore's Night - Locked Within A Crystal Ball
http://youtu.be/RsQgcNI8Xqg

何と言っても「Locked Within A Crystal Ball」をまずは聴いてもらいたい。やはり、この曲こそがブラックモアズ・ナイトのブラックモアズ・ナイトたる所以、そんな彼らの魅力の全てが詰まっている曲である。リッチーのギターは今やディープ・パープルでもレインボーでもなくブラックモアズ・ナイトの音として昇華を遂げている。全ての曲に溶け込み、今や何の違和感も感じられない。ロックファンとして、喜ぶべきかどうかは別として、彼らはファーストアルバムから全くぶれていない。「Toast To Tomorrow」のような曲が飛び出すと、こちらは思いっきり引くけれど、この音を求めている人達がいるのもまた事実なのだ。そんな我々も「Prince Waldecks Galliard」の様な美しいギターの調べを聴くとまた、リッチーの魅力に魅了される。実に難儀なバンドじゃないか。

Blackmore's Night - Prince Waldecks Galliard
http://youtu.be/8O2AgGyaMwA

「シークレット・ヴォヤージュ」に収録される
カバー曲はエルビス・プレスリー「I Can't Help Falling Love」とレインボーの「Rainbow Eyes」だ。どちらも悪いわけではないのだが、取り立てて紹介したいとは思えない、そんな曲だ。それより折角の傑作曲「The Circle」を聴いた方がよい。このブラックモアズ・ナイトの秘宝を!

Blackmore's Night - The Circle
http://youtu.be/9dJ-LYN6dqM

また、アルバム後半にはとても美しい曲で、異国情緒漂う曲なんだけれど、なぜかBon Joviの「Wanted Dead or Alive」を思い出してしまう「Peasants Promise」だ。この非常に難しい曲をかくも美しく歌い上げるキャンディスは名実ともに美しき歌姫となった。続く「Far Far Away」はエンヤの曲と言われても疑うことはない、そんな幻想的な曲に仕上がっている。

Blackmore's Night - Peasants Promise
http://youtu.be/AtJGxDTkHfc

Blackmore's Night - Far Far Away
http://youtu.be/uQ0XC_tooqY

「シークレット・ヴォヤージ」最後の紹介は「Empty Words」。実はこの曲は1曲目のしっとりとしたインストゥルメンタル曲「God Save The Keg」をブラックモアズ・ナイトとしてアレンジし直したものだ。まさにこの曲に始まり、この曲に終わる。彼らの「秘密の旅」はこの曲を自分達のものにしたところで旅を終える。この旅を終えてキャンディスとリッチーは一つの決断を下す。新たなる旅の始まりの為に。

Blackmore's Night - God Save The Keg
http://youtu.be/9PDqaEL8tfI

Blackmore's Night - Empty Words
http://youtu.be/jT1gkuDSoNU


リッチー・ブラックモア付録編

8.オータム・スカイ

1989年のフットボールの試合で巡り会ったリッチー・ブラックモアとキャンディス・ナイト。1995年のレインボーのアルバム「Strager In Us All」でバッキング・ボーカルとして参加したことからキャンディスの音楽への関わりが始まる。1997年にリッチーとデュオとして結成されたブラックモアズ・ナイトはルネサンス期の祝祭音楽を中心に演奏した。デビューアルバム「シャドー・オブ・ザ・ムーン」から「シークレット・ヴォヤージュ」までの7枚のアルバムをリッチーのフィアンセとして過ごしてきたキャンディス。
2008年、このおよそ20年間と言う長い長いトンネルを抜けて、二人は結婚を決意する。そして2010年、二人の間にオータム・エスメラルダと言う女の子が誕生する。このアルバムは、そんな二人と娘オータムに捧げられた至福のアルバムである。

全16曲中8曲がオリジナル曲であり残る5曲が伝統音楽のアレンジ、3曲がカバー曲となる。
アルバム1曲目に収録されているカバー曲ワン・モア・タイムの「Highland」はキャンディスの声に表現力の豊かさと安定感が備わり、原曲よりも魅力的な歌に仕上がっている。

Blackmore's Night - Highland
http://youtu.be/SHHkWzWVDbc

One More Time - Highland
http://youtu.be/6Nl8Ws6pj3M

このアルバム「オータム・スカイ」はキャンディスらしいポップな楽曲が多く入っている。母となったキャンディスがわが子に語りかけているかのような優しい歌を恣意的に集めているかのようだ。

Blackmore's Night - Strawberry Girl
http://youtu.be/Y4ZvPpV1kb8

キンクスの名曲「セルロイド・ヒーローズ」はハリウッドのウォーク・オブ・フェイムについて歌う。「誰もが夢見人であり、誰もがスターだ。」
「成功は失敗とともにやってくる」
「努力が報われるときもあればそうでないときもある」
これらは誰もが経験する人生の悲哀と言ってもよい。あえてオータムに捧げるアルバムの中で教訓めいた歌を入れたのは、親として娘に届けたい内容だったのかもしれない。成功も失敗も表裏一体だと言うこと。

Kinks - Celluloid Heroes
https://m.youtube.com/watch?v=l_RvgC7JiQQ

このアルバムにおいては、優しいインスト曲を除き、リッチーらしいギターが登場しない。このアルバムは母キャンディスと言う側面を強調したかったのかもしれない。ブラナイ節の曲も抑え気味だった。
 

リッチー・ブラックモア付録編

9.ダンサー・アンド・ザ・ムーン

2013年にリリースされた9枚目のスタジオアルバム「ダンサー・アンド・ザ・ムーン」は非常に語るべきところの多いアルバムだ。初めて聴いた時は、なんてポップなアルバムだろうと感じた。論評もクランベリーズだ、コアーズだと囃し立てている。確かにアンドレア・コアーの声に近いものがあるが、どちらかと言えばボサノバ的な曲調もありしっとりと歌う時のグロリア・エステファンに近い雰囲気を感じる。

Blackmore's Night - The Last Leaf
http://youtu.be/OeAnOevTkFw

Gloria Estefan - Coming Out Of The Dark
https://www.youtube.com/watch?v=s4GA2B1jpRk

The Corrs - Dreams
http://youtu.be/8BglEyv5O2Y

このアルバムでブラックモアズ・ナイトらしい曲はタイトルトラック「ダンサー・アンド・ザ・ムーン」の一曲だろう。

Blackmore's Night - Dancer and the Moon
http://youtu.be/aTdSm4Rn1XA 

この曲も悪くは無いのだが、やはりこの傑作曲「ザ・ムーン・イズ・シャイニング(サムホウェア・オーバー・ザ・シー)」には敵わない。
これくらいのパンチの効いた曲が今まで無かったから、待望の一曲だと感じた。

Blackmore's Night - The Moon is Shaining(Somewhere over the Sea)
http://youtu.be/81lMARebyzM

このアルバムにはジョン・ロードに捧げた曲「キャリー・オン・・・ジョン」が収録されている。で、一聴して思い起こすのが、ゲーリー・ムーアの「ルーナー」だ。確かに鎮魂歌としては最適だけれど、なぜオマージュになったのか?。ジョンが好きだったのか。

Blackmore's Night - Carry On...Jon
http://youtu.be/R5bc06vGF_c

Gary Moore - Loner
https://vimeo.com/50762911

2010年からディオ、ジョンと訃報が相次ぐ。
レインボーのカバーはそんなディオに捧げられた曲とも言われている。初めてディオに会ったELFとレインボーのツアーの最中、一緒に共作した曲を、虹をやろうと決意した曲を、ディオの鎮魂歌とした。

Blackmore's Night - The Temple of The King
http://youtu.be/ngUnuA4REIY

DIO - The temple of the king (live)
http://youtu.be/XFvyjDP010M

これはリッチーと言う世界のサウンドトラックとも言える一枚なのかもしれない。


リッチー・ブラックモア付録編(終)

10.オール・アワ・イエスタデイ

昨年2015年9月にリリースされたアルバム「オール・アワ・イエスタデイ」からの一曲目、タイトルトラックは実にブラックモアズ・ナイトらしい曲であり、ダンスミュージックと伝統的な音楽との融合という方向にすすんでいる。キャンディスの音楽性はグロリア・エステファンのエキゾチックさを彷彿させる。名曲「トラディション」に想いを馳せてしまう。

Blackmore's Night - All Our Yesterdays 
https://m.youtube.com/watch?v=G8gCGcSlRuw

Gloria Estefan - Tradición
https://m.youtube.com/watch?v=UEV4YC85Qq8

「DARKER SHADE OF BLACK 」は壮大な大地の広がりをサウンドトラックのようなインストゥルメンタル曲に仕上げている。いずれニール・ヤングの「デッドマン」ように映画一本分くらいやってしまうくらいのパワーがこの曲から感じられる。

Blackmore's Night - Dark Shade of Black
https://m.youtube.com/watch?v=AvvbEZtqu3E

このアルバムで一番美しい楽曲。併奏するバイオリンより美しく響き渡るギターの調べに耳を澄まして聴き入ってしまう。

Blackmore's Night - Will O' The Wisp 
https://m.youtube.com/watch?v=64UXanfRL9A

キャンディスの懐かしいポップ劇場!
「ムーンライト・シャドウ」はマイク・オールドフィールドのカバー曲です。

Mike Oldfield - Moonlight Shadow
http://youtu.be/e80qhyovOnA

Blackmore's Night - Moonlight Shadow
http://youtu.be/kOgaZZeJZ2M

「アイ・ゴット・ユー・ベイブ」はソニー&シェールのカバー曲です。キャンディス・ナイトの真骨頂といった感じですか。

Sonny&Cher - I Got You Babe
http://youtu.be/BERd61bDY7k

Blackmore's Night - I Got You Babe
http://youtu.be/Xkq5HT0IULQ

「ALLAN YN N FAN」は美しい様式美を紡ぎ合わせたリッチーの傑作インストゥルメンタル。
この曲を聴いて次作を待つとしましょう。

Blackmore's Night - Allan Yn N Fan
https://m.youtube.com/watch?v=of71HTLbwpg&t=4m0s

このロック的なものが封印されたアルバム二作が続いたのも、結婚、愛娘の誕生と言うリッチーの人生の一大転機によるものなのかもしれない。今年はそうした影響から抜け、またブラックモアズ・レインボーを始動させると言うアクティブな行動をとる。ライブのラインナップ等も発表されているし、今後の動向に期待が寄せられるが、基本的にホームはブラックモアズ・ナイトなんだろう。リッチーの中での位置づけに変化が起こるとは考えにくい。愛すべき妻と愛娘のいるホームをベースにこれからもリッチー・ブラックモアは邁進していくことでしょう。何れにせよその動向には注目ですね。 

ではアルバム最後に収録されているこの曲で暫し休憩と言うことで。アディオス!

Blackmore's Night - Coming Home
https://m.youtube.com/watch?v=tNzjMNhehPQ